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羽生結弦

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Pix.gif 羽生結弦
Yuzuru HANYU
Figure skating pictogram.svg
2012-12 Final Grand Prix 3d 559 Yuzuru Hanyu.JPG
基本情報
代表国: 日本の旗 日本
生年月日: 1994年12月7日(19歳)[1]
出生地: 宮城県仙台市泉区[1]
身長: 171 cm
体重: 53 kg
コーチ: ブライアン・オーサー(2012-)[2]
トレイシー・ウィルソン
元コーチ: 阿部奈々美(-2012)[3][4][5]
都築章一郎[5]、松田達義[6]、関徳武[6]
武者愛[3][4]
振付師: ジェフリー・バトル[5]
デヴィッド・ウィルソン[5]
元振付師: 関徳武[6]
阿部奈々美[3]
ナタリア・ベステミアノワ
イゴール・ボブリン
所属クラブ: ANA[7]
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 293.25 2013 GPファイナル
ショートプログラム: 101.45 2014 ソチ五輪
フリースケーティング: 193.41 2013 GPファイナル
 
獲得メダル
フィギュアスケート
オリンピック
2014 ソチ 男子シングル
世界選手権
2012 ニース 男子シングル

羽生 結弦(はにゅう ゆづる、1994年12月7日[3][6] - )は、日本フィギュアスケート選手(男子シングル)。2014年ソチオリンピック男子シングル金メダリスト、2012年世界選手権銅メダリスト。2010年世界ジュニア選手権優勝。

人物[編集]

宮城県仙台市泉区出身。仙台市立七北田小学校仙台市立七北田中学校東北高等学校を経て、早稲田大学人間科学部人間情報科学科(eスクール)在学中[8]血液型B型。名前は「の弦を結ぶように凛とした生き方をして欲しい」と父が命名した[9]。趣味は音楽鑑賞[5]テレビゲーム[5]プロ野球では、東北楽天ゴールデンイーグルスと、宮城県出身ながらも幼少期からの広島東洋カープのファンであり、憧れの選手は前田健太[10]。好きなアーティストとしてポルノグラフィティHi-Fi CAMP(羽生の地元である仙台出身)、BUMP OF CHICKENなどを挙げている[11]。音楽をどこででも聴けるようにイヤホンに凝っていて、収集をしている。

尊敬する選手はエフゲニー・プルシェンコ[12]アレクセイ・ヤグディン[11]ジョニー・ウィアー[※ 1]荒川静香[9]。特にソルトレイクシティオリンピックでのプルシェンコとヤグディンのプログラムがお気に入りだという[11]

プルシェンコについては、2007年全日本フィギュアスケートジュニア選手権開催直前、当時の髪型は彼の真似も理由の一つであることをインタビューで答えており、別のインタビュー内においては、プルシェンコについて質問された際に「スケート界の天才ですね」と言う程尊敬している。ビールマンスピンを取り入れているのも、幼少期にプルシェンコのビールマンスピンを見て憧れているからだという。一時期、体調の関係で封印していたものの、今は再び演技に取り入れているが、コーチには体の負担が大きいのでもうやらない方がいいと言われている[13]。一方のプルシェンコは日本のライバルについて質問された際に「非常に素晴らしいスケーターで、アーティストであり、ジャンプがいい。彼を見ていると昔の自分を思い出す。まだ17歳と若いが、私が見る限り、彼がナンバーワンだ。」と高く評価している[14]。また、ソチオリンピックでは「私は彼のヒーローだったかもしれないが、今は彼が私のヒーローになっている。」と語った。

荒川については、同じアイスリンク仙台で育ち、東北高、早稲田大でも先輩・後輩の間柄である。また、荒川が得意としたレイバックイナバウアーを自身の演技に取り込んでいる。

スケート技術[編集]

2種類の4回転ジャンプトウループサルコウ)を跳ぶことができる[※ 2]。踏み切る足でのカウンター、またはスプレッドイーグルからの3回転アクセルGOEで高い評価を得ている[※ 3]。練習やアイスショーなどでは、3回転アクセル-3回転アクセル、4回転トウループ-3回転アクセルなどのジャンプシークエンスを成功させている[15][16]フリップは踏み切りがアウトサイドになる癖がありエッジエラーの判定を受けていたが、2011-2012シーズンより矯正に成功している。

柔軟性がとても高く、ビールマンスピン[4]やドーナツスピン、レイバックイナバウアーが得意。小学生の頃は柔軟性を高めるために金粉入りの水を飲んでいた[17]。ハイドロブレードも得意。

演技前には「軸がぶれないように」と胸の前で士の字を書くようなおまじないをしている[18]

喘息(ぜんそく)の持病があり、体力面での他の選手より劣ると指摘されることがある[19][20]

経歴[編集]

ジュニア以前[編集]

1998年、姉の影響により[5]4歳でスケートを始める[1]。2007-2008シーズン、まだノービスの選手(中学1年)ながら全日本ジュニア選手権で3位となる。ノービスの選手が全日本ジュニア選手権の表彰台に上がるのは日本男子史上初[21]

2008-2009シーズンからジュニアに上がり、ISUジュニアグランプリ (JGP) に参戦。全日本ジュニア選手権で初優勝を果たし、初出場となった全日本選手権では出場選手中最年少ながら8位に入る。世界ジュニア選手権でも大会最年少ながら12位となった。

2009-2010シーズン、初戦のJGP トルン杯でJGP初優勝。続くクロアチア杯でも優勝し、JGPファイナルでは史上最年少(14歳)で総合優勝を果たした[※ 4]。全日本ジュニア選手権では2連覇を達成し、全日本選手権ではショートプログラム13位から、フリースケーティングの演技後半に3回転アクセル-3回転トウループ-2回転トウループのコンビネーションジャンプを決めるなどして追い上げ、総合6位となった。世界ジュニア選手権ではフリースケーティングで大幅にパーソナルベストを更新して優勝。日本人男子として4人目の世界ジュニアチャンピオンになった[※ 5]

シニア移行後[編集]

2010-2011シーズン、シニアデビュー戦となったISUグランプリシリーズNHK杯で、フリースケーティングで自身初となる4回転トウループを成功させ4位に入った。出場3回目の全日本選手権では4位となり、四大陸選手権の代表に選出された。初出場の四大陸選手権ではショートプログラム、フリースケーティング共にパーソナルベストを更新する演技を見せ銀メダルを獲得、男子選手としては四大陸選手権史上最年少のメダリストとなった。

四大陸選手権後の2011年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生。地震発生時には仙台市のアイスリンク仙台で競技の練習中であり、スケート靴を履いたまま外へ避難した。羽生本人や家族、阿部コーチやリンクメイトは無事であったが、リンクや自宅が大きな被害を受けた為に4日間を避難所で過ごした[22]。アイスリンク仙台は4か月間に渡って営業を停止した為、その間はかつて師事した都築章一郎の元に身を寄せて横浜市の神奈川スケートリンクを仮の拠点とし[23]、復興支援目的のアイスショーへ出演するなど各地を転々としながら練習を続けた[22]

2011-2012シーズン、7月24日に本拠地のアイスリンク仙台が営業を再開。9月にはネーベルホルン杯に出場し、シニアクラスの国際大会では初の優勝を果たす。ISUグランプリシリーズでは中国杯で4位に終わるも、続くロステレコム杯でグランプリシリーズ初優勝を果たし、ISUグランプリファイナル進出を決める。初のISUグランプリファイナルでは、総合得点でパーソナルベストを更新するが、1.73点の僅差で表彰台に届かず4位となる。全日本選手権では、ショートプログラムで4位と出遅れたが、フリースケーティングで1位となり総合3位、これにより自身初の世界選手権の代表に選出された。

その世界選手権ではショートプログラムでは7位にとどまったものの、フリーでは中盤繋ぎの部分で転倒するアクシデントを起こしながらも躍進して2位、初出場ながらもいきなり総合で3位に入り銅メダルを獲得。また高橋大輔とともに、日本人男子2人が同時に世界選手権の表彰台に立つ史上初の快挙となった[24]。特に技術要素点では高橋、パトリック・チャンらを上回る今大会最高の点数をマークした[25]。なお17歳3ヶ月での世界選手権メダル獲得も、日本男子選手では羽生が最年少記録となった[※ 6]。4月にコーチをブライアン・オーサーに変更[2]

2012-2013シーズン、フィンランディア杯ではフリーでトゥループとサルコウの2種類の4回転ジャンプを成功させ優勝。グランプリシリーズでは初戦のスケートアメリカ、地元・宮城県で開催された第2戦のNHK杯と、2戦続けてショートプログラムで歴代最高得点を更新、GPファイナルでは2位となった。全日本選手権では初優勝を果たした。

四大陸選手権では、ショートプログラムでは1位だったものの、フリーでは4回転サルコウが2回転に、3回転ルッツが1回転になるミスがあり3位。総合得点では2位になった。世界選手権では2月からの体調不良と左膝の故障の影響からSPでは精彩を欠き9位と出遅れた。更にフリーの公式練習で右足首を故障したが、満身創痍で臨んだフリーでは3位となり、総合では4位になった[26]。左膝の故障の為、2013年世界フィギュアスケート国別対抗戦は辞退した[27]

2013-2014シーズン、フィンランディア杯で2年連続の優勝。スケートカナダエリック・ボンパール杯は共にパトリック・チャンに次ぐ2位。福岡市で開催されたGPファイナルではショートプログラムの歴代最高得点を更新、フリーでは自己ベストを大幅に更新し1位で優勝を果たし、全日本選手権では2連覇[28]を達成した。迎えたソチオリンピックでは今大会から新種目としてスタートした団体でショートプログラム1位となるが、日本の団体の最終結果は5位[29]。ソチオリンピック個人では、ショートプログラムでは101.45点を出し、公式大会世界最高得点かつ史上初の100点超えを達成し首位に立つ。しかし、フリースケーティングでは、終了後に「全然動かなかった。(本番直前の)6分間練習から焦っていた。はっきりいって自分の演技に満足していない。終わった後は、金メダルは駄目かなと思った」と語ったように[30]、冒頭の4回転サルコウで転倒、直後の4回転トーループは成功したものの、3回転フリップで再び転倒し波に乗れず、過去の自己最高には程遠い178.64点に終わる[31]。しかし、ショートプログラムで2位につけており、前日のショートプログラム終了後「ユヅルはこういう(首位に立つ)経験に慣れていないはずだ。どう対処するのだろう」と、羽生を挑発するような発言をしていたパトリック・チャンカナダ)が、羽生の直後の滑走で、冒頭の4回転-3回転のコンビネーションジャンプこそ成功させたものの、中盤の4回転トーループで両手を付き、トリプルアクセルでもバランスを崩し、その後も細かいミスが続き羽生のフリーの得点を下回る点しか取れず[32]、その後滑走した2選手も羽生より低い点に終わったため、フィギュアスケート日本人男子としては初となる金メダルを獲得した[33][34]。表彰後のインタビューでは笑顔が見られず、その理由について「東日本大震災のことが一番大きい。僕は何ができたのかなと。(練習拠点を移すためカナダの)トロントに行って、震災が起きたところから離れた。こんなことで良かったのかなというのもあった。(さらに)ベストの演技ができなかったという気持ちと、(金メダルの)実感が湧かないというのもある」と語り、「宮城県、仙台市、東北、被災地の支援をしてくださった方々がたくさんいると思うので、感謝の気持ちを持っておかなきゃいけない」と、被災地の人々への謝辞を述べた[30]

2014年2月14日時点で羽生は19歳65日という年齢であり、フィギュアスケート男子シングルの金メダリストとしてはディック・バトンアメリカ合衆国)がサンモリッツオリンピック1948年)で優勝した際の18歳202日に次ぐ史上2位の年少記録でもあった[35]。更にオリンピック初出場で金メダルを獲得するのは、ウルリッヒ・サルコウイリヤ・クーリックに次いで史上3人目。

主な戦績[編集]

大会/年 2006-07 2007-08 2008-09 2009-10 2010-11 2011-12 2012-13 2013-14
冬季オリンピック 1
世界選手権 3 4
四大陸選手権 2 2
全日本選手権 8 6 4 3 1 1
GPファイナル 4 2 1
GPエリック杯 2
GPスケートカナダ 2
GPスケートアメリカ 2
GPNHK杯 4 1
GP中国杯 4
GPロシア杯 7 1
フィンランディア杯 1 1
ネーベルホルン杯 1
世界Jr.選手権 12 1
全日本Jr.選手権 7 3 1 1
JGPファイナル 1
JGPクロアチア杯 1
JGPトルン杯 1
JGPメラーノ杯 5
スケートコペンハーゲン 1 N
  • N = ノービスクラス

詳細[編集]

2013-2014 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2014年2月6日-22日 ソチオリンピックソチ 1
101.45
1
178.64
1
280.09
2014年2月6日-22日 ソチオリンピック 団体戦(ソチ 1
97.98
- 5
団体
2013年12月20日-23日 第82回全日本フィギュアスケート選手権さいたま 1
103.10
1
194.70
1
297.80
2013年12月5日-8日 2013/2014 ISUグランプリファイナル福岡 1
99.84
1
193.41
1
293.25
2013年11月15日-17日 ISUグランプリシリーズ エリックボンパール杯パリ 2
95.37
2
168.22
2
263.59
2013年10月25日-27日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダセントジョン 3
80.40
2
154.40
2
234.80
2013年10月4日-6日 2013年フィンランディア杯エスポー 1
84.66
1
180.93
1
265.59

2012-2013 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2013年3月10日-17日 2013年世界フィギュアスケート選手権ロンドン 9
75.94
3
169.05
4
244.99
2013年2月6日-11日 2013年四大陸フィギュアスケート選手権大阪 1
87.65
3
158.73
2
246.38
2012年12月20日-24日 第81回全日本フィギュアスケート選手権札幌 1
97.68
2
187.55
1
285.23
2012年12月6日-9日 2012/2013 ISUグランプリファイナルソチ 3
87.17
2
177.12
2
264.29
2012年11月23日-25日 ISUグランプリシリーズ NHK杯利府 1
95.32
1
165.71
1
261.03
2012年10月19日-21日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカケント 1
95.07
3
148.67
2
243.74
2012年10月4日-7日 2012年フィンランディア杯エスポー 2
75.57
1
172.56
1
248.13

2011-2012 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2012年3月26日-4月1日 2012年世界フィギュアスケート選手権ニース 7
77.07
2
173.99
3
251.06
2011年12月22日-25日 第80回全日本フィギュアスケート選手権門真 4
74.32
1
167.59
3
241.91
2011年12月8日-11日 2011/2012 ISUグランプリファイナルケベック・シティー 4
79.33
3
166.49
4
245.82
2011年11月25日-27日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 2
82.78
2
158.88
1
241.66
2011年11月4日-6日 ISUグランプリシリーズ 中国杯上海 2
81.37
4
145.16
4
226.53
2011年9月21日-24日 2011年ネーベルホルン杯オーベルストドルフ 1
75.26
1
151.00
1
226.26

2010-2011 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年2月15日-20日 2011年四大陸フィギュアスケート選手権台北 3
76.43
3
151.58
2
228.01
2010年12月24日-27日 第79回全日本フィギュアスケート選手権長野 2
78.94
4
141.12
4
220.06
2010年11月19日-21日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 6
70.24
6
132.42
7
202.66
2010年10月22日-24日 ISUグランプリシリーズ NHK杯名古屋 5
69.31
4
138.41
4
207.72

2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年3月8日-14日 2010年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ハーグ 3
68.75
1
147.35
1
216.10
2009年12月25日-27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権大阪 13
57.99
5
137.23
6
195.22
2009年12月3日-6日 2009/2010 ISUジュニアグランプリファイナル東京 3
69.85
1
136.92
1
206.77
2009年11月21日-23日 第78回全日本フィギュアスケートジュニア選手権横浜 1
76.00
2
118.15
1
194.15
2009年10月7日-10日 ISUジュニアグランプリ クロアチア杯ザグレブ 1
70.78
1
130.37
1
201.15
2009年9月9日-13日 ISUジュニアグランプリ トルン杯トルン 1
66.77
1
131.88
1
198.65

2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年2月23日-3月1日 2009年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ソフィア 11
58.18
13
103.59
12
161.77
2008年12月25日-27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権長野 8
64.50
5
117.15
8
181.65
2008年11月21日-23日 第77回全日本フィギュアスケートジュニア選手権名古屋 4
57.25
1
124.92
1
182.17
2008年9月3日-7日 ISUジュニアグランプリ メラーノ杯メラーノ 6
51.06
4
95.62
5
146.68

2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年11月24日-25日 第76回全日本フィギュアスケートジュニア選手権仙台 7
49.55
1
111.47
3
161.02

2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2006年11月25日-26日 第75回全日本フィギュアスケートジュニア選手権広島 18
38.80
4
90.16
7
128.96

プログラム使用曲[編集]

シーズン SP FP EX
2013-2014[36] パリの散歩道
曲:ゲイリー・ムーア
振付:ジェフリー・バトル
映画『ロミオとジュリエット』より
作曲:ニーノ・ロータ
振付:デヴィッド・ウィルソン
練習曲第12番 嬰ニ短調「悲愴」
作曲:アレクサンドル・スクリャービン
編曲:トルガ・カシフ
演奏:マキシム
振付:阿部奈々美

ノートルダム・ド・パリ
作曲:リカルド・コッチアンテ
振付:デヴィッド・ウィルソン

Story
ボーカル:AI
振付:宮本賢二
2012-2013 ノートルダム・ド・パリ
作曲:リカルド・コッチアンテ
振付:デヴィッド・ウィルソン
花になれ
曲:指田郁也
振付:宮本賢二
ハロー・アイ・ラヴ・ユー
曲:ドアーズ
振付:カート・ブラウニング
2011-2012 練習曲第12番 嬰ニ短調「悲愴」
作曲:アレクサンドル・スクリャービン
編曲:トルガ・カシフ
演奏:マキシム
振付:阿部奈々美
映画『ロミオ+ジュリエット』より
映画『Plunkett & Macleane』より
作曲:クレイグ・アームストロング
振付:阿部奈々美
ホワイト・レジェンド
バレエ音楽『白鳥の湖』より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
編曲・演奏:川井郁子
サムバディ・トゥ・ラヴ
曲:ジャスティン・ビーバー
ヴァーティゴ
曲:U2
2010-2011 ホワイト・レジェンド
バレエ音楽『白鳥の湖』より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
編曲・演奏:川井郁子
振付:阿部奈々美
ツィゴイネルワイゼン
作曲:パブロ・デ・サラサーテ
振付:阿部奈々美
ヴァーティゴ
曲:U2
2009-2010 ザ・ベイト
ベア・アイランド
映画『ミッション:インポッシブル2』より
作曲:ハンス・ジマー
振付:阿部奈々美
パガニーニの主題による狂詩曲
作曲:セルゲイ・ラフマニノフ
振付:阿部奈々美
CHANGE
ボーカル・演奏:MONKEY MAJIK+吉田兄弟
2008-2009[3][37] ボレロ
映画『ムーラン・ルージュ』より
作曲:スティーブ・シャープルズ
振付:阿部奈々美[37]
2007-2008 シング・シング・シング
作曲:ルイ・プリマ
振付:阿部奈々美[37]
火の鳥
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
振付:阿部奈々美[37]
アマゾニック
作曲:Tonci Huljic 演奏:マキシム
死の舞踏
作曲:Franz Liszt 演奏:マキシム
2005-2006[6] - サマーストーム
「四季」より「夏」
作曲:ヴィヴァルディ
編曲・演奏:川井郁子
-

CM[編集]

  • P&G「ママの公式スポンサー」キャンペーン(2013年12月 - 、高橋大輔と共演)

書籍[編集]

  • 蒼い炎(2012年4月20日、扶桑社

その他[編集]

  • 2014年2月6日、羽生がファンであると公言するHi-Fi CAMPの元メンバーが所属するパンダライオンが制作した羽生の応援歌「夢に描くキセキ」にのせて、羽生の地元・仙台にゆかりのある多数の著名人や羽生に関わりのある人物など総勢145名が、自筆メッセージを書いた紙を手に持って出演する動画『羽生結弦応援PROJECT「仙台が繋いだキズナ」』がYouTube上に投稿された[38]。この動画は羽生も閲覧していると発言しており、コメント欄を通じて応援メッセージを羽生に届ける場となっている[38]。金メダル獲得後は、祝福が綴られる場となっている。
  • スケート靴の調整は、中学生の頃から仙台市に工房を構える阿部年伸(阿部奈々美の夫)が担当している[39]。海外に拠点を移してからも小包で送るか帰国時に持ち込んで調整を依頼しており、工房でも羽生専用の研磨機を用意して対応している[40]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. 『蒼い炎』p139-140。2010-2011のフリースケーティングで着用し衣装デザインもウィアーが手掛けている。
  2. 4回転サルコウはISU非公式戦(2012年フィンランディア杯のフリースケーティング)で成功させているが、公式戦での成功はまだない。
  3. 例として2011年GPファイナルFSのGOE加点2.14 (PDF)2012年世界選手権FSのGOE加点2.14 (PDF) など
  4. 日本人選手の優勝は2005-2006シーズンの小塚崇彦以来2人目。
  5. 2002年高橋大輔2005年織田信成2006年小塚崇彦に続く4人目
  6. 以前は本田武史2002年世界選手権で銅メダルを獲得した当時で20歳11ヶ月だった。尚、世界の最年少記録はプルシェンコの15歳4か月である。

出典[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 『蒼い炎』p168
  2. 2.0 2.1 金妍児育てたブライアン・オーサー氏、羽生のコーチに『産経ニュース』2012年4月25日
  3. 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 『PASSION 2009 フィギュアスケート男子シングルフォトブック』双葉社、2009年2月、p.119
  4. 4.0 4.1 4.2 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009男子シングル読本』ダイエックス出版、2008年9月、p.32
  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 5.6 国際スケート連盟による羽生結弦のバイオグラフィー
  6. 6.0 6.1 6.2 6.3 6.4 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.44
  7. ANAは、世界に挑戦する羽生選手をサポ-トします(全日本空輸 2013年7月1日)
  8. フィギュアの羽生結弦、来年早大に進学”. スポニチ (2012年12月23日). 2012年12月23日閲覧。
  9. 9.0 9.1 「羽生結弦、世界ジュニア逆転V!」 - スポーツ報知、2010年3月12日更新
  10. 羽生結弦(フィギュアスケート) 15歳「4回転どんどん」 - 朝日新聞デジタル
  11. 11.0 11.1 11.2 オフィシャルサイトより
  12. 『蒼い炎』p139
  13. スポーツ雑誌内の記載
  14. 2012年2月2日 共同通信インタビュー
  15. 『Cutting Edge 2011 +Plus』p65、スキージャーナル株式会社
  16. Sell it Hanyu, sell it! - Universal Sports、2011年9月14日更新
  17. フィギュア四大陸選手権で2位と大活躍した羽生結弦選手の素顔に迫りました。 - FNNニュース、2011年2月23日更新
  18. 佳菜子が刺激!羽生デビュー戦5位…フィギュア NHK杯 - スポーツ報知、2010年10月24日更新
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  22. 22.0 22.1 フィギュア・羽生 被災地へ届け、16歳の「勇気の舞」 - 日本経済新聞、2011年4月16日
  23. 『Cutting Edge 2011 +Plus』p59, スキージャーナル株式会社
  24. 世界フィギュア:高橋、銀 羽生は銅 - 毎日新聞、2012年4月1日
  25. 世界フィギュア:羽生、フリーで高橋上回り「びっくり」 - 毎日新聞、2012年4月1日
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  27. 羽生 国別対抗戦代表から外れる 故障左膝は1カ月の安静 スポーツニッポン、2013年3月21日
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  29. Olympic Winter Games Sochi2014 Team Result 国際スケート連盟
  30. 30.0 30.1 “羽生 苦しんだフリー「全然動かなかった。6分間練習から焦っていた」”. Sponichi Annex. (2014年2月15日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2014/02/15/kiji/K20140215007593130.html 2014年2月15日閲覧。 
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  32. “羽生を“挑発”したチャン、自身も五輪の重圧に飲まれる…”. Sponichi Annex. (2014年2月15日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2014/02/15/kiji/K20140215007592550.html 2014年2月15日閲覧。 
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  37. 37.0 37.1 37.2 37.3 「2008全日本選手権レポート 男子シングル」『フィギュアスケートDays vol.8』ダイエックス出版、2009年2月、pp.26-29
  38. 38.0 38.1 羽生応援歌に仙台オールスター集合 さとう宗幸、サンドら145人(スポーツニッポン 2014年2月8日)
  39. 仙台・泉にフィギュアスケート用品専門店-元プロ選手が夫と開業(仙台経済新聞 2008年7月17日)
  40. エース支える研ぎの技 フィギュア・羽生選手 ← 仙台の職人・吉田さん(河北新報 2014年2月8日)

関連項目[編集]

  • 全日本空輸(所属契約締結)
  • 荒川静香(仙台、東北高校、早稲田大学で羽生の先輩にあたる)
  • 福原愛(仙台、早稲田大学、ANAで羽生の先輩にあたる)

外部リンク[編集]

テンプレート:フィギュアスケート オリンピックチャンピオン - 男子シングル






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